法学部照美教授の日常
法学部教授の照美です。アカデミックな生活とはこんなものという姿をお示しします。
01 | 2017/02 | 03
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ロースクールはどうなるか(1)
法学部にいると、直接タッチしているとしていないとに関わらず、ロースクールの命運は気になります。

もともと司法制度改革で、法曹人口を増大させなければならない、しかし今の法曹養成制度では質を維持して量を拡大するのには無理があるよね、そこでアメリカみたいに大学院レベルの法律教育機関を作って、質の高い教育を行い、量の拡大と質の維持向上とを両立させようということで、ロースクールというのができました。

質の高い教育を行い優秀な人材を輩出すれば、当然、その人材は司法試験の合格も高くなるだろう、7,8割の合格率が達成できる、そのような教育を行うんだと言われていました。

ところが、現実はそんなに甘くはありませんでした。
質の高い教育とか、法曹の質とかの中身がそもそも漠然としていて、よく分かっていませんでした。今でもよく分かっていません。なんとなくアメリカの弁護士に対抗できるような能力と言われ、じゃ英語が必要だねと、ロースクールの入試に英語を入れたりTOFEL等のスコアを要求したりするところが現れました。ロースクールの課程で留学と単位互換を定めたところもかなりありました。
しかし、そもそもそのようなことをしていたら、司法試験に合格できるだけの学力も身につかないのではないかということを見落としていたのです。

それに、それまでの司法試験は暗記中心のペーパーテストで、受験テクニックだけで合格が左右されると思っている人が大学には沢山いましたが、そういう面があるにしても、やはり基本的な法律の知識や、それを問題解決に当てはめる能力が問われる試験ではあります。新司法試験になっても、過度の暗記を必要とする問題や、決まりきった答えを暗記して吐き出せば合格点になるような問題はやめようということになりましたが、短答式試験は本質的に暗記物ですし、理解力や問題発見能力、解決能力、そして表現力がモノを言うといっても、やはり知識とスキルは必要です。
しかも、科目数は基本となる憲法、行政法、民法、商法、民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法の7科目に加えて選択科目と、合計8科目に及び、そのそれぞれがまた歴史と伝統を背負った広大な知の地平をもっていますから、覚えることも大量だし、問題のバリエーションも大量にあり、解釈論を自分で展開するのに必要な材料は莫大です。それを理解するだけでなく、覚えて、新しい問題に応用しなければならないのですから、これは大変なことです。時間と労力を要します。

はっきり言って、留学なんかとんでもないし、ロースクールが司法試験合格後に必要となる実務能力や高度専門的な法律分野の知識を教えようとしても、そんなゆとりはないということになります。

かくして、ロースクールは明らかに失敗であり、制度的に欠陥があると言わざるを得ません。これは大学教員の側から見ても、火を見るより明らかです。
(続く)
スポンサーサイト
夏休み
8月も下旬となると、夏休みももう終盤のような感じがするが、後期の授業は10月から始まるので、まだまだ授業はないという意味での休みは続く。
しかし、この時期に入試だとか、集中だとか、色々と入っているのが鬱陶しい。
本当なら海外にでも行って羽根を伸ばしてきたい研究をしてきたいところだが、そうもいかない。


来年度の授業はどうしよう
カリキュラムも時間割もそろそろ固まり、シラバスも出した後になってこんなことをいうのは何ですが、さて来年度の授業はどうしようかと改めて迷い中です。

今年度の授業では、やはり学生の巻き込み方が不十分だったと感じています。そこをどうやったら改善できるのか、なるべく学生の参加を促すように、対話式を織りまぜてみたり、プレゼンテーションを使ってみたり、質問や感想を出させたり、色々試して見ましたが、同じことをやっても年度によってノリが違うので、中々これをやればよいという定番が見つかりません。
授業の中身も、一応は伝統的な法学分野ですから、そう大きくは外れられないし、興味関心に従った内容に偏ってもよいという時代では段々なくなります。

折角の日曜日ですが、最近は雪がふるほど寒いので、研究室で一日を過ごすことになりそうです。
お役所の会議
昨日も、一昨日も、お役所の会議に出席しました。

中央省庁では審議会とか研究会とか委員会とか、様々な名称で民間の関係者を含めた会議を開いています。政策決定に、民間の知識経験を入れることが不可欠だからです。
その中でも、審議会というのは最もエラく、規模も大きく、審議会の下に部会や専門調査会など幾層もの下部会議体があります。

法律を作る場合、まず研究会を組織し(これは入札により主宰するシンクタンクなどに委託しますが、実際はお役所が完全主導する場合が多いです)、そこで下準備的な検討をした上で、審議会で議題をたてて(大臣からの諮問という形が多いです)、これを扱う部会を作り、その下の専門部会を幾つか設けて具体的な検討をし、方針が決定されると部会にあげてさらに全体を調整し、これを審議会の総会で承認してというパターンが踏まれます。

もちろん、法律の規模により、例えば小規模な一部改正ならこうしたプロセスが全く無いこともありますし、審議会にかからないものや、かかっても部会レベルで検討するものもあり、色々です。

大学の先生をしていると、このような会議体によばれて参加することがあり、次第にそれが増えていきます。

その場合の報酬は、一回数千円から数万円程度ですが、中にはもっと高額の報酬を得られるポストもあり、これまた千差万別です。最近はお役所のお金の使い道に厳しいチェックが入るようになり、少なくともそれを意識した予算を立てますから、あまり野放図な支出はしません。

知り合いの、九州方面の大学の先生の場合、飛行機代は認められず、新幹線で来るように言われたそうです。ただし、早割りなどで購入した飛行機代よりも新幹線代の方が高くつくということでしたが、それでも新幹線だと言われたということで、この辺がお役所流節約術の限界でしょう。

議事の内容は、委員長とか座長になると、事務局の振り付け文書が大体用意されています。冒頭の言葉や締めの言葉などが書かれていたり、事務局からの説明に振る部分も読み上げれば良いようなシナリオになっていたりします。そして実質的な審議が期待されていないような会議では、議事の中身自体も振りつけられていることがあるようですが、流石に多くの場合は議事の内容や議論の進行、結論などはブランクです。

それから、個々の委員レベルでも、重要な委員には事前にご説明が事務局からあり、露骨に、こういう方向での発言をしてくれと依頼されることがあります。これを無視していると、おそらく、やがてはそこから呼ばれなくなるのだろうなと思いつつ、ヤラセ的な仕込みにはどうもついていけません。

もちろんすべてがヤラセと決まったものではなく、議論が事務局の想定通りに進まず、原案とは別の案ができてしまうこともあります。
そして、そもそも原案が最初からできているわけではないもの、事務局原案は会議のそれまでの発言によって創り上げられた成果であって、事務局の予想通りではないものになっているものなどもあり、そのような場合は会議に参加し意見をいうことが結論に反映されるというやり甲斐を感じることができます。

ともあれ、民間の様々な利害に直接関わる案件の場合は、振付があるなしに拘らず、議論が盛り上がってしまって収拾をつけるのが困難になるケースもありますから、いわゆる審議会的な会議といっても、そう捨てたものではありません。
同僚は選べない(1)
大学の同僚は、すべて大学のセンセイですから、世間から見れば「教授」とよばれる方たちです。
世間では教授というとステータスが高いように思われていて、少なくとも頭は一般人より良いと考えられているでしょう。
しかし、大学教授といっても様々です。頭も普通の人よりも良いとは限りません。

自分のことは棚にあげて言います。

これまで同僚になった某I教授は、会議のテーマが全く理解出来ない方でした。教授会やら委員会やら、大学では大小様々な会議が開かれますが、とりわけ教授会では形式的なことの中に実質的に議論して決めなければならない重要案件が紛れ込んでいます。そういうのに的確に議論をする必要があります。
ところが、I教授は、議論が始まるとなにか言わなければならないと感じるらしく、常に発言するのですが、その内容はたいていあさっての方向。前の議題についてであったり、先週の議題についてであったり。時々意識が混濁しているんじゃないのかと思うときもありますが、本人は至って真面目です。

そうかと思うと、全く関係ないわけではなく、むしろ関連があることで先週の議題を持ちだしてくることもありますが、それはそれで決まったことの蒸し返し議論です。

この人が話しだすと、議論の焦点がぼやけるどころか、誘発されて蒸し返し議論に乗る別の同僚が出てきたりして、時間がかかって仕方がありません。
かと言って、「お前は黙っとれ」と跳ねつける事ができるほどエラい先生も少なくなり、とにかくご発言の趣旨を汲み取りつつ関係ない本題に戻るという苦労を執行部としてはせざるを得ません。

同僚は選べないというのを痛感するのは、この人だけではありません。


プロフィール

profTerumi

Author:profTerumi
大学では今何が起こっているか、日常の中に大学という教育研究機関の現在を浮かび上がらせます。
写真は、かつて、いたことのあるミシガン大学です。

ヒラノ教授というのは他に有名な方がいたので、変えました。

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

訪問者数

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。